お侍様 小劇場

    “閑話休題 〜冬から春へのあらかると(お侍 番外編 10)

        *すいません、のっけから濡れ場で始まってます。しかもカンシチです。
         おイヤな方は、
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       深みがあって濃密な漆黒が、つるんと冷たく垂れ込めた夜陰は、まるで質のいいベルベットを敷き詰めたよう。頭上の天穹に戴いたは冴えた月影。真っ直ぐ降り落ちてくる冷ややかな蒼光に、照らし出されるもろもろの輪郭は。何もかにも薄氷が張ったよに、堅く凍って身じろぎさえせず。

        ―― そんな静謐
      (しじま)の中。

       さらり、しゅるさら。なめらかな布を強く擦るような音がして。誰ぞが大きく動いたか、それへと絡むは仄かに立った、寝台の軋んだ響きがぎしりと微かに。

        「………。////////」

       息を詰めてのこらえる気配が、くっくっと短く切れ切れに喉を絞っては息を継ぎ。震える吐息が零れた下から、ぱさっと何かが布の上へすべり落ちた気配がし。そのままさわさわ流れてこすれ、涼しげな音が立つのへと。荒々しい息遣いが踏み敷くように絡まって。

        「…ん、んぅ。/////////」

       とうとう、というか、息をしないにも限度があるぞといおうか。血を上らせた頬を、きらめく髪が妖しくも乱れ散った上から、敷布へ何度も擦りつけて。今にも咬み千切るのではないかというほど噛みしめていた唇を、吐息に甘く濡らしての赤々と。却って煽情的な…ちょいと苛めたくなるほど弱りかけたお顔になった青年へ。指の長いきれいな手を、こちらは雄々しくも節の立った手の指で搦め捕り、顔の横合い、釘づけにするよに押しつけて固定して、

        「さあこれで。隠しようはなくなった。」
        「〜〜〜。////////」

       意地の悪いと言いたげに、含羞みに染まっての真っ赤なお顔で見上げて来るのがまた、得も言われず婀娜っぽくて。困ったような、でもやっぱり譲れませぬと意地を張る、そんなお顔をするから余計に、御主がムキになるのにも気づけぬまま。何も無理から組み伏せられている身ではないというに、せめて視線だけでもと逸らしたは、抵抗を奪われた虜囚の儚さを匂わせて。こうまでなまめかしくも妖しく美しい存在が、自分ひとりのものであること。総身が震えるほどに嬉しいものの。

       “この、強情者が。”

       最初は顔を、次には声を。手をかざすようにして、あるいは蓋をし、御主からひた隠す往生際の悪さが七郎次にはあって。何もその身を勘兵衛へ委ねたくはないというのではない。ただ。愉悦に歪んでしまうのだろうお顔やら、淫靡な性の女のような甘い声やら。どうしても聞かせたくはない、見せたくはないとの意地が、なかなか去らない性分らしく。明かりを落とせの掛け布団が落ちたのと、やたらに含羞み、秘したがっていたものを、何とか宥めて慣れさせて。その揚げ句に居残ったのが、顔と声を隠したがるという、一番に手を焼く抵抗だったりし。
      「んっ。///////」
       真白い首条の血脈に沿って唇を這わせ、背条のくぼみの終着あたりに指先をさまよわせれば。弱いところへ触れられてのこと、息が弾んで肌が震える。しっとりと汗ばんて甘く匂い立つしなやかな身を、雄々しき腕にて強く抱きすくめれば。おずおずとしながらも、こちらの背へ腕を回して来、同じほどの求めを示してもくれる。やわらかな内肢へ膝をぐいと割り込ませれば、恥じらいながらも抵抗は緩く。熱をおびた吐息をこぼしては、初々しさのそこここに覗く色香にて、どんな美酒でも敵わぬほどに酔わせてくれる彼であり。抱き合うこと求め合うことへの異存はないらしいのに。だって言うのに…声だけは出すまいぞと頑張るところ、いっそ痛々しいくらいの強情ぶりで。
      “外へは漏れぬというておるのに。”
       同居人が…それも妙齢なお年頃の少年という微妙な家族が増えたことで、羞恥の度合いがさすがに増したということか。先の春から、その隠しようやこらえようが半端ではなくなったから困りもの。

        「や…いや、ぁ…。//////」

       それでも…さすがにこうまで時間を掛けての、根気よく触れて幾度も至らせ、蕩かし尽くしてしまっては。抵抗しようにも力が入らぬか、潤みの強まった青い瞳で、恨めしそうに見上げてくるのが精一杯。いかにも男のそれである、大きく重く、堅い手が、夜着を剥ぎつつ肌のそこここへと触れるのが。こちらも過敏になってのこと、じわりじわりと肌の下まで染みてゆき。何でもない触れ方へまで、声が上がって総身が痺れて。

       「ん…。//////」

       やさしく啄まれていた口唇が、やがては熱とぬめりを増して…離れがたくなって。ああ、箍が外れたなと。自身でもそれが判ったその途端、もっともっとと浅ましいほど彼からの慈しみを強請る、淫靡な自分が顔を出す。それが本性ならば何と卑しいことかと、胸の奥へ押し込められた方の自分が責め苛まれ。そんな痛みがまた、表へ出た性を刺激して、御主へむしゃぶりついてしまうほどの、はしたなさとなり。痛いのだか善いのだか、苦しいのだが狂おしいのだか、全てが綯いまぜになって総身を巡り、正気を保つのが精一杯な彼の意識を、猛々しくも叩いては掻き乱す。

       「く…。//////」

       御主の手によりこの身の奥へ、楔の如くに押し込まれる熱い熱い奔流があって。腹の底から指先へまで、肌の下を全てとろかしてしまうほど。熱くて痛い、甘くて強い感覚が押し寄せる。どうにかなってしまいそうな、どこかへやられてしまいそうな、そんなほど強い刺激に追われ、導かれるまま一気に翔け上がった高みから、放り出されるのが怖いとしゃにむにしがみつけば。

        ―― 堅くて雄々しい腕が、大丈夫だからと強く束縛して下さって。

       どこにもやらぬと、その身へ取り込みたいかのように抱きしめて下さるのが。この自分をと求めて下さるのが、何よりも嬉しくて…意識が緩む。そんな隙へと容赦なく、ほとびた熱が勢いよくも染み入って来、
      「ぁ…あ…っ。///////」
       自分で自分を支え切れないほどの、強烈な刺激と官能に襲われて、されど。押しても押しても揺らがぬ懐ろが、それは頼もしくもくるみ込んでくれていて。ああ大丈夫なんだと、攫われたりはしないのだと実感する。迷子にしないと…手を放さぬと、そういえばずっと昔にも言われたな。こんな時にはそぐわない、妙なことをも思い出し、それから…他でもない安堵に攫われ、意識がふっと途切れた七郎次だったのである。




        (zzzzzzz…………。)



        (zzzzzzz…………、?)






                



       ふっ、と。目が覚めた。というか、何かを感じて意識が弾け、そのままその意識が加速にのってぐんぐんと冴えつつある。何だろう。まだ起床時間ではないはずだのに。気のせいだと看過してはいけない何かを拾った。音? 気配? この家は音響システムの整った部屋があるせいか、他の部屋も随分と機密性が高く、多少の物音は響かない。それでなくとも静かな住宅地で、幹線道路からも離れているので、滅多なことでは車の走行音さえやって来ないような土地柄。だからこそ拾えてしまった、他愛ない ささやかな物音だということだろか?

       「…。」

       そうこうと考えるのと同時進行でとっとと体が動き出していたのは、これも日頃の鍛練の賜物か、それともそもそも彼自身が元から持っていた“素養”のなせる技なのか。暖かな寝具から惜しげもなく抜け出すと、何か羽織る間も惜しいと、パジャマ姿のままで足早に窓へと近寄って。厚手のカーテンの端のほうをそっと掻き分け、外を見やる。煌月の降り落とす褪めた光が照らす世界は、遠く青みを帯びて見え。さほど背の高い建物はないご近所を見回せば、お隣りの工房の四角いシルエットが黒々と、正面の夜空の一角を切り抜いていて。未明の夜空がだだ黒いのではなく、ちょっぴり青じんでることを気づかせてくれる。そこから視線を降ろしつつ、もう少しカーテンを掻き分けたところが。

       「…!」

       冬にも枯れない種の芝草が敷かれた、階下の庭の端の方。その芝の上へ何やらぶちまけたのを、身を屈めて拾っている人影が見えた。良くは見えないが白っぽいものが多く、それらが月光を反射していて、いやに目立つ。データのデジタル化がこうまで進んでいる今時に、書類を抱えてでも来たのだろうか。それにしたって何でまた。我家の敷地へ、しかもこんな時間に入り込んでいるものか。心当たりがないまま考察するよりも、ずっと手っ取り早く真相に至る方法があると。思うより先、手が動いており、

       「…っ。」

       そのままベランダへ出られるサッシを、右手でカーテンごとカラリと引き開けて。それと同時、利き手の左手で掴んだのが、すぐ傍らの机の上に置かれてあった、テープカッター、デスク据え置きタイプ(重し入り)。それを怪しい人影目がけて、斟酌なしに“えいや”と投擲し。結構な距離があったにもかかわらず、投げたものだって結構な重さがあったにもかかわらず、

       「…あだっっ!」

       ゴンともドカッとも言えぬ、重くて鈍い音と共に…短い人声も確かに立ったのを、だが、全くの全然 気に留めぬまま。反応という答えも待たずという性急さにて、ベランダへ出ると黒塗りの鉄柵に手をかけ、ひらりとまたぎ越した次男坊。そのままゆるやかな傾斜のスレート屋根を…結構な勢いで駆け降りたにもかかわらず、足音が一切しなかったのは何でだろうか? おのれ、貴様 伊賀者かっ。
      (こらこら)





       オーディオルームと変わらぬレベル…とはいえ、いかにもな気密室ばりのそれではない、繊細微妙な仕様とされた、防音壁に囲まれた寝室にいたせいか。階下にいた親御二人が、二階の次男坊に遅れを取ってしまったのは、ある意味、しようがないことで。絶え間なく寄せる愉悦の波が一気に高まったその頂点から、そら天国へまで飛んでけとばかり、高々と放り出されたその末に。軽い疲労感に包まれつつ、心地のいい眠りに誘導されて。最愛の人の温みと存在感に抱
      (い)だかれて、それはそれは穏やかな眠りに浸っていたのだ。そんな彼らの頭上から、窓が開いた気配がしたのへと、

       「勘兵衛様。」
       「ああ。」

       二人揃って目が覚めた…のみならず、一気に意識が覚醒出来た、鋭敏な反応反射の方こそ凄まじく。何か聞こえましたよねと小声で訊いた七郎次へ、御主がやはり低めた声にて応と返して。警報装置は設置されているものの、それは鳴らなんだから屋内への侵入者があった訳ではないらしいと。こちらさんも、そうこう思うのと同時進行でその身が動いていており。身を起こすとそのままベッドから飛び降り、窓辺へ寄って。カーテンを掻き分けつつ、窓の外を伺いかかれば。
      “え?”
       視野の中、月光を遮って確かに何か飛んでった。そのすぐ後という間合いにて、やはり頭上から…何か誰かが たたたっと駆け出した気配を確かに拾ってしまったものだから。

       「な…っ?!」

       どんな異変が起きたのか、不法侵入者があったかどうか。そんなこんなを確かめる間もなく畳み掛けて来た急展開に、勘兵衛に先んじて窓へと達していた七郎次がぎょっとする。お隣りとの境になっている生け垣付近。薄暗くて良く見えないが、何かが居てのそこへと目がけ、頭上から…ふわりと。重さなんてないかのような軽やかさで、何かの影が降って来て。着地と同時、月光が照らしたのが見慣れた細い背中だったのへ、

       「久蔵殿っ?!」

       これ以上の仰天があるものか。あわわと慌てて、こちらもそこから庭へ出られる大窓の、鍵を解いてたおっ母様。祖父やその知己に仕込まれてのこと、身が軽いとか体術もそれ相当のものを収めてはいるとか、知ってはいたけど目の当たりにしたことはなく。2階の屋根から、しかもこんなに暗くて目測怪しい中で飛び降りて。果たして怪我はしなかっただろかと、純粋に案じた七郎次の目の前で。一直線に駆けてった久蔵が…それを“周到なことには”と言っていいのやら、竹刀を手にしていたことに気づいたのと。

       「…っ!?」

       そんな彼へと目がけ、横合いの闇溜まりから飛び出した影があって。そやつもまた、手に細長い何かを持っていたのだが。

        ―― 高々と振りかざされたそれが、月光に舐められてきらり光ったことが

       七郎次の…あくまでも常識の範囲内で切迫していた気持ちを、舫綱
      (もやいづな)で岸へとつながれていたところから、そりゃああっさりと引き千切ってしまったのは言うまでもなく。

       「ウチの子に…。」

       唇が動いたかどうかも怪しい呟きがして、それから。彼に引き続き、やはり窓辺へと運びかけていた勘兵衛がその足を止めてしまったのは、
      「…七郎次?」
       自分と同様、外への不審を見定めんとしていた筈の連れ合い殿が。怪しい気配がいるらしい、庭を望めるその手前にて、不意にその身を凍らせて立ち尽くしてしまったから。どうかしたのかと案じつつ、その手がさんざんに乱したパジャマを、やはり直してやった同じ手が。高さも厚さも知り尽くしている、相手のなだらかな肩へと伸ばされて。そこへと無造作に降ろされていた、さらさらとした質の金髪の裾の上へ、指先が触れかかったその寸前に、
      「…っ。」
       打って変わっての再起動、勢いよく動き出した彼が…まずはと掴んだのが、窓辺にと置いてあったフロアスタンドで。傘の部分、布張りのシェードを引っこ抜くと無造作に放り捨て。長身な彼と変わらぬ高さのそれを、台座を振ってコンセントを引き抜いて。そのついでに…転倒防止という意味からの、重くてバランスも悪い台座を、踵で蹴るよに踏みつけての、気合い一閃、ばっきりと折り除くと。そのまま流れるような動作で肩の上へまでかつぎ上げるところまで、所要時間はほんの数秒。それほどまでに迷いのない仕儀にて構えた即席の“槍”を、ぐぐいと大きく肩ごと上半身ごと、腕を引いてのバネをため、次の間合いで全身使って一気に投擲した彼の放った一声が。それらの…恐らくは常軌を逸して見えたろう、唐突にも程がある一連の行動の理由を物語っていたのだった。曰く、


        「貴様っ! ウチの子に、何しやがるっ!!」





          合掌………………。







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